ちと自分なりに関係ない方向に模索してみる

モダンとかポストモダンとかいうのはサッパリ理解してないのにこういうのを書くのもどうかとは思いますが、こことかで述べられてる事に関してはSFの浮沈とコミケの台頭、という意味でなら当てはまるかもしれない。本筋とは大いにズレますが(なら書くなよ)。
 まぁ実際にそのころを体験してきたワケではないので全部キイハナなんですけど(ぉ、吾妻ひでおの登場によるオタクの意識変化*1というのは結構似通ってるんじゃないのかなー、とか。感想文主体だったファンジンが批評という方向に変わっていったり、(主に『不条理日記』に代表されるような)「吾妻ひでおのやることには全て笑うのがファンとしての正しい在り方だ」みたいな。とにかく、「ファンならはこういう楽しみ方をしなければならない」みたいなことを声高に叫んでいた人達が主流だった時期もあるわけで*2、その辺の流れとして何が出てきたのかと考えてみることも意外と面白いような気もする。多分気がするだけですが(爆)。
…しかしイタい内容だなぁ(苦笑)。

エヴァという作品それ自体が物語性を否定したがゆえに萌えアニメがでてきた」というのはそりゃまぁ間違いなんだけど、「エヴァがそうであったが故にそういう消費が主流になり、作品としても主流になってアニメ市場の縮小、細分化を加速した」ってのはあると思います。いや、今更言及することでもないのだけど。何が言いたいかというとエヴァが出なくても変わっていたであろうけども、ここまで急速に変わったのはエヴァが出てきたからだと言えるのではないのかなー、と。あとビックリマンSDガンダム*3に関しては「その向こう側にある物語」を消費していたと思うので、またちょっと違うのではないかと。少なくともビックリマンは最初から物語があったし、子供達はそれを知りたくてコロコロを読みふけっていたわけだし。この辺はZOIDSも一緒かな。勿論この流れはこれで昔からあるので、纏めてみるとまた違った方面からのアプローチが出来そうで面白そうではある。

  • あと、一応

最初に問題にされた事象と俺の考えてることは全く関係ないので油断するな。*4

*1:…と自分が聞いているだけなのでひょっとしたら間違っている可能性は大いにあるのだが。ヤマトかもしれないしガンダムという線もある

*2:ワリと自分もそういう傾向があったりしてイヤンな感じ

*3:ここでは主に武者やラクロア等のアナザーガンダムとして考えてみる

*4:ダメじゃん